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仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)1549号 判決 1992年4月22日

原告

高橋ます子

右訴訟代理人弁護士

渡辺修

被告

株式会社東北千代田

右代表者代表取締役

八谷郁夫

右訴訟代理人弁護士

中原正人

被告

全国労働者共済生活協同組合連合会

右代表者理事

藤原久

右訴訟代理人弁護士

遠藤誠

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社東北千代田は、原告に対し、三九三一万八四六四円及びこれに対する昭和五八年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告全国労働者共済生活協同組合連合会は、原告に対し、三五〇万円及びこれに対する昭和六三年一月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告両名の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告両名)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

当事者

1  被告株式会社東北千代田(以下「被告会社」という。)は電気機械器具部品材料及び金属製品材料等の製造等を営む株式会社である。

原告は、昭和五八年四月一五日当時、宮城県登米郡中田町石森字蓮田一五八の一被告会社工場で従業員として働いていた。

事故の発生

2  原告は、昭和五八年四月一五日午後二時三〇分頃、右工場内で被告会社従業員千葉みよ子と二人で、右側方の床上約七〇センチメートルの高さのローラーコンベアー上から重量約五〇キログラムの複数のトランス用鉄芯の入った箱状の容器(以下「本件コンテナ」という。)を向かいあって持上げながら左側方のローラーコンベアーに移動する作業に従事中、左側方のローラーコンベアーの向側でコンベアー上のトランス用鉄芯をローラーを回転させながら移動させる作業に従事していた被告会社従業員佐藤新市が、原告と千葉をからかい、原告が危ないから止めるように言ったのを無視し、右ローラーコンベアーを急速に手で動かしながらコンベアー上の板パレットに数十個のトランス用鉄芯が乗っている重量物を急に押したため、右重量物が本件コンテナを持上げかけていて容易に回避行動を取ることができない原告の左肘にあたり、その衝撃により原告と千葉が本件コンテナを床に落とし、その際原告は、身体をねじり、腰椎捻挫、外傷性知覚異常左股神経痛、灼熱痛等の傷害を被った。

安全配慮義務違反

3  使用者は、業務の遂行が安全になされるように業務管理者として予測しうる危険等を排除しうるにたる人的物的諸条件を整えなければならず、被用者に対し、重量物取扱の際、他の者の身体に重量物を接触させて衝撃を与えたりしないように、又、重量物を取扱うときはふざけたりしないように、特にからかいながら重量物を押しやることの危険性を充分指摘してかかる行動にでないように従業員を教育し、右教育をしたにもかかわらず、危険な行為をするおそれのある被用者を重量物取扱業務に従事させないようにすべき義務がある。それにもかかわらず、被告会社は前記佐藤に安全教育義務を充分なさず、同人が危険な行為に出ることを放置した。

使用者責任

4  被告会社従業員佐藤は、被告会社の仕事に従事中、故意又は過失により重量物を原告左肘に衝突させ原告に傷害を負わせた。したがって、被告会社は原告に対して民法七一五条一項により使用者責任を負わなければならない。

損害

5  原告が本件事故による傷害により被った損害は次のとおりである。

(一) 付添看護料 九三万円

(二) 入院雑費 一八万六〇〇〇円

(三) 休業損害 七四一万八九三二円

原告の本件事故当時の年収は二七三万五二六三円(一日平均七四九三円八七銭)であり、休業期間は昭和五八年四月一六日から昭和六〇年一二月三一日までの二年二六〇日であった。

(四) 後遺症による逸失利益 三一三七万〇二五二円

原告は、本件事故当時満四一歳の健康な女子であり、満六七歳までの二六年間完全就労可能であったところ、昭和六〇年一二月三一日に症状が固定し第五級第二号の後遺症障害を残すに至り、労働能力を七九パーセント喪失した。

2,735,263円×0.79×(16.3789−1.8614)

(五) 入通院慰謝料 三〇〇万円

(六) 後遺障害慰謝料 一一七九万円

(七) 改造費 八七万〇八〇〇円

原告は、本件事故による傷害のため独力で従前のように風呂場、便所及び洗面所を使用できず、これらを改造せざるを得ず、支出した改造費は次のとおりである。

平成二年七月七日 四一万五〇〇〇円

一八日 一万八六〇〇円

一九日 一一万円

八月六日 一四万五二〇〇円

九月一五日 一八万二〇〇〇円

(八) 症状固定後の損害 四六万一二〇三円

原告は症状固定日である昭和六〇年一二月三一日以後も継続加療の必要があるため東北労災病院に通院し診療を受けており、これに要した費用は以下のとおりである。

(1) 昭和六一年分 一四万三五九〇円

治療費 五万三九一〇円

交通費 三万〇四〇〇円

東北労災病院駐車料 一九〇〇円

下足代 三八〇円

通院付添料 五万七〇〇〇円

(2) 昭和六二年分 八万七四六〇円

治療費 二万三八六〇円

交通費 一万六八〇〇円

東北労災病院駐車料 一五〇〇円

下足代 三〇〇円

通院付添料 四万五〇〇〇円

(3) 昭和六三年分 八万六八二〇円

治療費 二万九八六〇円

交通費 一万〇四〇〇円

東北労災病院駐車料 一三〇〇円

下足代 二六〇円

通院付添料 四万五〇〇〇円

(4) 平成元年分 一〇万九二九〇円

治療費 四万五八七〇円

交通費 一万三五〇〇円

東北労災病院駐車料 一六〇〇円

下足代 三二〇円

通院付添料 四万八〇〇〇円

(5) 平成二年分 三万四〇四三円

治療費 一万三九四三円

交通費 四五〇〇円

東北労災病院駐車料 五〇〇円

下足代 一〇〇円

通院付添料 一万五〇〇〇円

(九) 弁護士費用 三五〇万円

(一〇) 右(一)乃至(九)の損害合計は五九五二万七一八七円となるところ、原告が受けた既払額は二〇二〇万八七二三円であるから、これを差引くと残損害額は三九三一万八四六四円となる。

(一一) よって、原告は被告会社に対し、民法四一五条に基づく損害賠償請求権又は同法七一五条に基づく損害賠償請求権に基づき三九三一万八四六四円及びこれに対する本件事故日の昭和五八年四月一五日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告全国労働者共済生活協同組合連合会(以下「被告全労済」という。)

6  原告は被告全労済との間で左記内容の団体定期生命保険共済契約を締結している。

(一) 加入口数 五〇口

(二) 発効日 昭和五八年三月一日

満期日 昭和五九年二月二八日

(三) 障害共済金

「被共済者が共済期間中に発生した不慮の事故等を直接の原因として共済期間中に規約の別表第二に掲げる身体障害の状態になった場合には、障害共済金として障害特約共済金額に同表において定める当該身体障害が該当する等級に応ずる支払割合を乗じて得た金額を支払う。」旨の約定があり、原告の障害特約共済金額は五〇〇万円(障害特約一口の共済金額は一〇万円で加入口数五〇で五〇〇万円となる。)で別表第二身体障害等級別支払割合表第五級一―二の支払割合は、障害特約共済金額の七〇パーセントである。

7  原告は、前記一1、2、5(四)で述べたとおり本件事故により右第五級一―二に該当する障害を負った。原告に支払われるべき共済金は三五〇万円である。

8  よって、原告は被告全労済に対して共済金三五〇万円の支払とこれに対する支払期限後であり訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月一二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

被告会社

1  請求原因事実一1は認め、同一2の事実のうち原告が昭和五八年四月一五日午後二時三〇分頃工場内において被告会社従業員千葉と二人で高さ七〇センチメートルのローラーコンベアー上から本件コンテナを持上げている際に本件コンテナを床に落としたことは認め、その余は否認する。同一3、4は否認し、同一5の事実のうち原告の休業期間が昭和五八年四月一六日から昭和六〇年一二月三一日までの二年二六〇日であったこと、原告が事故当時満四一歳の女子であったことは認め、その余は争う。

被告全労済

2  請求原因事実一6は認め、同一7は否認する。

被告両名

3  原告は、同僚と共に二人で五〇キログラム程度の本件コンテナを持上げていたのであり、原告は本件コンテナから手を離しただけで腰部等に何ら物理的衝撃を受けておらず、腰部に器質的変化は認められていないのであるから、通常人であれば本件事故により本件傷害を負うことは考えられない。本件傷害は、原告の特異体質、精神的特異性に基づくものである。原告は、入院して治療を受けていながら一向に症状が良くならずかえって悪化していること、過去に何ら業務とは関係なく椎管内障、全身性急性皮膚炎、急性甲状腺炎、神経性嗄声、左自然気胸、右大腿部打撲症、低脳血圧症、腸炎、急性付属器炎、慢性骨盤腹膜炎、左大腸兪上曲り左腸骨前方右腸骨後方亜脱、右手関節捻挫、急性腎盂炎等の診断書を提出し、しばしば休業していること自体これを裏付ける。したがって、本件事故と原告の傷害との間に因果関係を認めることはできない。

4  原告は昭和五八年四月一五日午後二時三〇分頃起きた事故により本件傷害が生じたと主張するが、原告提出の東北労災病院発行の診断書等には受傷の日時が昭和五八年四月一六日と記載されており、原告の主張する日時とは異なっており本件事故と傷害は因果関係が不明である。

5  仮に原告の傷害が、原告主張日時に発生したものであるとしても、原告は単なる腰椎捻挫であって、脊髄に損傷を受けていないのであるから、左下肢運動障害乃至知覚鈍麻という後遺症が固定することは医学上ありえない。

6  仮に原告の傷害が本件事故により生じたとしても、その障害の程度は一四級九号以上の程度ではない。原告の提出診断書に記載されている障害は原告の供述に基づいて記載されているところ、労働省労働基準局監修労災障害認定必携によれば、「第一四級の九医学的には証明しうる精神神経学的症状は明らかでないが、頭痛、めまい、疲労感などの自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるものが、これに該当する」「神経損傷により、疼痛のほか異常感覚(蟻走感、感覚脱失等)が発現した場合は、その範囲が広いものに限り、第一四級の九に認定することとなる」と記載されており、知覚鈍麻と感覚脱失は同概念であるから、原告の症状は一四級の九に当たる。

被告全労済

7  団体定期生命共済事業規定五三条、二六条によれば、共済金は、調査のためとくに日時を要する場合を除き、支払請求に必要な細則で定める関係の書類がこの会に到着した日から三〇日以内に共済契約代表者を通じて、共済金受取人に支払う旨規定され、調査のためとくに日時を要する場合は調査の結果支払うべきものであることが分かった時に支払期限が到来する。それゆえ、本件のように直接の因果関係をめぐって争われている場合には、確定判決により支払義務があることが確定したときに支払期限が到来する。したがって、原告の訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月一二日から金員の支払を求める主張は失当である。

三  抗弁(過失相殺)

被告会社

1  原告は被告会社が運搬用に設置してあるローラーコンベアーを使用して本件コンテナをローラー上を流して運搬すべきであったにもかかわらずこれを使用せず、又右コンベアーを使用せずに手で運搬するのであれば、本件コンテナは重量がありかつ床ではなく高いところへ運搬するのであるから、同僚である千葉がとったと同様にコンテナの底部に手を回して抱えて持上げるべきところ、両手の平を上にしてコンテナの上方に親指を、その他の指先を短い手がかりに引っかけるだけのすぐに手が離れかねない方法をとった結果、途中バランスを崩した際、その重さに耐えかねて本件コンテナから手が離れてしまったのであり、原告には多大の過失があるから、過失相殺されるべきである。

2  原告は本件事故により腰部等に何ら物理的衝撃を受けていないのであるから、通常の者であれば右事故により傷害を負うことは考えられず、また、原告の腰部等には器質的変化は認められないにもかかわらず、入院治療を受けていながら症状が悪化していることは、原告の特異体質、精神的特異性に由来するところであり、かかる場合には公平の見地から過失相殺が類推適用されるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一<書証番号略>、証人八谷郁夫の証言により成立を認める乙第五号証、同証言、証人佐藤新市、同千葉みよ子、同及川三男人の各証言、原告本人尋問の結果、検証の結果、弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  被告会社は、電気機械器具部品材料、主としてトランス用鉄芯(以下「カットコア」という。)の製造販売を業とし、宮城県登米郡中田町石森字蓮田一五八の一に工場を有している。

2  原告は、昭和四四年八月被告会社にパートとして、昭和四七年一一月社員として採用され、本件事故当時まで被告会社で主としてカットコアの寸法を計測し、調整する作業(以下「寸調作業」という。)に従事していた。

佐藤新市は、昭和四三年三月、被告会社入社以後カットコアの巻き加工、焼鈍、接着、研磨作業に従事していた。

3  本件事故当時(昭和五八年四月一五日午後二時三〇分頃)の被告会社工場における原告の通常の作業場である寸調作業場と本件事故現場である研磨作業場のローラーコンベアー3と同4との間の位置関係は別紙図面一及び二のとおりである。

佐藤は、本件事故当時ローラーコンベアー4に流れてきたカットコア作業台付近でICB研削機を使用して研磨し、同コンベアー上に戻す作業に従事していた。

佐藤が研磨作業を行っていたカットコアは、TR―一〇八型(高さ六センチメートル、長径一二センチメートル)とCS五〇〇型であり、本件事故当時、佐藤の近くのローラーコンベアー4上の板パレットの上にはTR―一〇八型のカットコアが三段に高さ一八センチメートル、幅三六センチメートルの状態で合計五〇個積まれており(以下「本件カットコア」という。)、ローラーコンベアーは、ローラー上の積荷に横方向の力を加えることにより、その下のローラー部分が回転し積荷が移動する構造であった。

4  原告は、上司から出荷を急ぐのでカットコアを運んでくるように依頼され、寸調作業場から本件事故現場である研磨作業場に赴き、研磨作業を行っていた被告会社従業員小野寺にカットコアの運搬を手伝ってくれるように依頼したが、小野寺から断られ、右工場内の寸調作業場から接着作業に向かうために研磨作業場近くを通りかかった同僚の千葉みよ子にカットコアの運搬の手伝を依頼し、その協力を得た。

原告と右千葉は、別紙図面二記載の本件事故現場から約一六メートル離れた寸調作業場まで、カットコアIG―一八型一九六個が入った重さ約五〇キログラムの本件コンテナ(縦三七センチメートル、横三二センチメートル、高さ16.5センチメートルの箱状の合成樹脂容器で上部から4.5センチメートル、下部から10.8センチメートルのところの側面に水平方向に奥行幅1.7センチメートルの状態で手がかりとなる形成部分がある。)を運搬することになったが、本来ならばローラーコンベアー3と同4の間にもう一つのローラーコンベアーを渡して、本件コンテナをローラーコンベアー3を使用して西側端まで移動し、次にローラーコンベアー3と同4の間に渡されたローラーコンベアーの上を、さらにそのまま延長線上にあるローラーコンベアー上を南側の寸調作業場まで移動すべきところ、原告は、通常右のようにローラーコンベアーを接続して積荷を移動することはしていなかったこと、寸調作業を急いでいたこと、コンベアー3に他の積荷が置いてあり右積荷を移動しないと本件コンテナが移動できなかったこと、取外されているローラーコンベアーを接続するには時間がかかること等の理由から、取外されているローラーコンベアーを接続することなく、ローラーコンベアー3上の本件コンテナを左側方のローラーコンベアー4上に移動しようと考えた。その際、原告は、右ローラーコンベアー4上には、佐藤が研磨作業を終えた本件カットコアが置いてあったので、本件コンテナを同コンベアー上に移動するのに妨げになると考え、本件カットコアを東側に移動した後、千葉において本件コンテナの西側で本件コンテナ底部に手を回し、原告が千葉と向かい合って本件コンテナの上部のへりに親指を掛けそれ以外の指を前記手がかりを手のひらを上に向ける形で掴み持上げて運搬を開始した。

この時、佐藤は、原告と千葉の作業が行われていることを認識しながら、原告が東側方向へ移動したローラーコンベアー4上の本件カットコアを不用意に左手で西側方向へ押したため、本件カットコアが本件コンテナを同コンベアー上に置こうとしていた原告の腕に接触するなどの状態となって、原告が本件コンテナを同コンベアー上に乗せる妨げとなり、これによって、原告がバランスを失うなどして、千葉を押す形で西側に移動し、原告だけが本件コンテナの重みからこれを支えきれずに手を離し、別紙図面二の3の床面に本件コンテナの片側を落としてしまった。右落下により、本件コンテナからカットコア一〇数個がこぼれた。右事故の際、右落下時には千葉は本件コンテナの底部に手を入れて腰を折り曲げた状態で本件コンテナを抱える形で持っており、すぐに千葉の体を気づかった原告から「大丈夫か。」と声を掛けられる状況であったが、外傷を負うことはなかった。

二事故後の経過

1  <書証番号略>、鑑定の結果、証人嶋村正、前掲証人千葉みよ子、同八谷郁夫の各証言、原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

2  原告は、本件事故直後、事故現場で、事故の責任を佐藤に問いただすなど抗議し、その後、出荷を急いでいたこともあって、約一七メートル離れた寸調作業場に歩いて戻った。

3  原告は、寸調作業場に戻ると千葉に病院に行くことを告げ、自らタイムカードを押して早退した。

原告は、以前に肩こり等で指圧の治療を受けたことのある阿部治療院で診察を受けたところ、同治療院では手に負えないと言われたにもかかわらず、当日は病院に行くことも無く帰宅した。

4  本件事故の翌日である昭和五八年四月一六日、原告の夫が、被告会社に、原告が被告会社で事故にあったことを連絡し、右連絡を受けた被告会社当時専務取締役八谷は、原告宅へ従業員を派遣し、原告を森整形外科に運び診察を受けさせた。原告は、同整形外科で入院を勧められたが、公立佐沼病院に入院したいとの意向を示し、同日同病院に外傷性知覚異常性左股神経痛で入院し、同年七月二一日まで九八日間入院加療、同月二二日から昭和五九年五月三〇日まで三一三日間外来通院加療(内実通院日数は三五日)を続けた。原告の右期間中の症状は、左腰・臀部から大腿外側部の強い疼痛であるが、X線写真上の骨、臨床検査所見には異常が認められず、投薬と安静を主体とした保存療法が行われた。

5  原告は昭和五九年六月四日から同年八月三〇日まで八八日間東北労災病院に腰椎捻挫(整形外科)・灼熱痛(心療内科)の病名で入院、前後して昭和五九年五月四日から昭和六〇年一二月三一日までの期間中同病院に四五日間通院を続けた。

三原告の既往症について

<書証番号略>、前掲原告本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和四五年三月に左薬物性眼炎で一〇日間の通院加療、同年一二月椎管内障で七週間の安静加療、昭和四八年一〇月椎管内障で一週間の安静加療、同年一一月椎管内障で一週間の通院加療、昭和五〇年三月全身性急性皮膚炎で七日間の安静加療、同年五月急性甲状腺炎で七日間の安静加療、同年六月一三日神経性嗄声で二週間の休養加療、同月三〇日左自然気胸で約一カ月間の安静加療、昭和五一年五月五日低脳血圧症、腸炎で一〇日間の加療、同月一二日膵炎(再発の疑い)、低血圧症で二週間の安静と経過観察の要、同年七月三日急性付属器炎で二週間の入院加療の要、同月三一日慢性骨盤腹膜炎、虫垂切除後高度大網癒着で一ケ月間の休養の要、昭和五二年六月急性腎盂炎で七日間の安静加療を要する診断書を被告に提出している。

2  原告は、昭和五〇年一二月右大腿部、右上腕部打撲症、右第三掌指関節捻挫で三週間休養加療、昭和五二年六月右手関節捻挫で二週間の休養加療、昭和五三年一月左大腸兪上曲り、左腸骨前方右腸骨後方亜脱で九〇日間の治療を要する証明書を被告に提出している。

四<書証番号略>、鑑定の結果及び証人嶋村正の証言によると、以下の事実が認められる。

1  原告の知覚障害について

原告の佐沼病院受診・治療時については知覚障害は記載がなく不明であり、大腿外側部の疼痛部位には異常知覚が存在していたことが診断名から推察されるが知覚鈍麻は通常右記載からは存在していなかったと解釈される。東北労災病院受診時には、左胸部乳頭下部から左下肢全体に及ぶ左側偏在の知覚鈍麻しびれ感を呈していたが、経年的に体幹部の知覚鈍麻、しびれ感は消失し、平成元年五月には左下肢(第一腰髄節以下)のみに至っている。

2  原告の運動障害について

佐沼病院受診・治療時は不明であるが、東北労災病院受診時は歩行不能の左下肢全体の筋力低下を呈し、その後現在に至るまで大きな変化はない。

歩行は片松葉杖で可能でかつ左下肢筋力は筋力テスト二乃至四であるが、左下肢の関節可動域はほぼ正常を示している。筋力低下は顕著であるが、筋萎縮の程度は軽度である。外観は痙直性で両下肢腱反射は亢進しているが、病的反射は認めていない。

3  原告の排便、排尿障害について

排便、排尿障害の時期は特定できない。

4  神経学的障害部位について

外観(痙直性)、両下肢腱反射亢進、傍胱・直腸障害等の所見からは脊髄の障害を考え易いが、他方原告の知覚、運動障害とも明瞭な偏在性、経時的憎悪を呈し、脊髄造影所見も異常を認めないことから、外傷性の単発病巣による脊髄障害の可能性は極めて少ない。

極めて特殊な部位に多発性の小病変が混在すれば、その可能性は無くはないが、発症状態からこの可能性は否定的と考えられる。

また、末梢神経障害が障害筋・知覚範囲が非常に広範であることから、単発外傷による多数、多高位同時末梢神経障害はより否定的である。筋電図所見からも末梢神経障害は否定的である。

5  残存症状の起因・要因に関して

各症状の変化の状況、諸検査所見の結果、心療内科的治療の必要などからみて、残存症状の起因・要因としては、いくつかの起因・要因が絡んでいる可能性が大きく、単独の起因・要因が残存症状全部を起こしている可能性は極めて少ない。右起因・要因を症状、検査などからは特定することは困難である。

6  鑑定人嶋村正は、以下の鑑定事項に対し、次のとおり回答している。

(一)  単なる腰椎捻挫で、脊柱管内に包蔵された脊髄が損傷を受けていない場合でも、治療不能かつ治癒不能の左下肢運動障害ないし左下肢全体の知覚鈍麻という後遺症を生ずることがあるか。

単なる腰椎捻挫のみでは、神経系に起因する運動障害、知覚鈍麻は生じないが持続する強度の疼痛が存在すれば、そのための廃用性の筋萎縮・筋力低下、これによる運動障害が生じる可能性がある。しかし、中枢性にしろ、末梢性にしろ、神経系の障害がなければ左下肢全体の知覚鈍麻の生じる可能性はない。ただし、しびれ感は循環障害でも生じることがある。

(二)  脊柱管内の脊髄が損傷を受けているか。

症状経過、他覚的所見、諸検査所見などからみて、作業事故時に脊柱管内の脊髄が損傷を受けた可能性は少ない。

(三)  身体のいかなる部位に、いかなる損傷を生じた結果の後遺症か。または、心因性の可能性は。

後遺症を起こしている身体損傷の部位、種類は、特定することは出来ない。少なくとも、単独の損傷・病変のみでは残存症状の説明は困難で種々の起因、要因が加わった結果の状態と考えられ心因性要因もその一つとして可能性を有している。

(四)  当該事故、既往症と後遺症との関連・因果関係

後遺症の原因、要因は必ずしも特定できないが、当該事故を契機に各種症状が出現し、残存しているので、事故と後遺症は関連・因果関係があると推測はできるがこれは事故を契機に症状が発現しているから事故が誘因になったあるいは原因になったと判断するしかないという意味で関連があるということにすぎず、原告の症状は単発性外傷により脊髄が損傷を受けた場合の症状としては説明が難しい。

五原告の症状について

1 前記四によれば、原告は、腰痛、臀部痛、しびれ感、筋力低下・歩行困難を訴えて佐沼病院を受診後入院、その後東北労災病院に入院したが、骨のX線所見、脊髄造影所見、筋電図所見には異常が認められなかった。リハビリテーション、薬物療法、心療内科的治療を受けて、現在は腰椎コルセット、片松葉杖を常用し歩行が可能な状態である。

2  原告の左下肢関節可動域はほぼ正常であるが、左下肢に筋萎縮、筋力低下(徒手筋力テストで股関節屈曲・伸展:二乃至三、膝関節屈曲・伸展:二乃至三、足関節背屈・底屈:二乃至三)の状態を呈し、両側腱反射は亢進しているが、病的反射は認めず、上肢腱反射は正常である。座骨神経伸展試験(ラセグ徴候、SRA)は左九〇度陽性、左上臀神経、座骨神経の圧痛陽性を示す。知覚鈍麻は左側のみ偏在し、左胸部乳頭下部高位から下肢全体に存在したものが、終了時に左下肢のみに限局してきている。外観は痙直性であるが、起因部位は末梢神経、脊髄、筋肉その他マイナーカウザー等、時により異なっている。排尿・排便障害も有と無があり一定していない。

3  原告の残存症としては腰痛・左臀部痛、左下肢知覚鈍麻としびれ感、左下肢筋力低下、排便排尿障害が認められるが、右残存症状は本件事故のようないわゆる外傷性の単発病巣によりすべての症状が発生することを考えることはできない。

六右一乃至五で認定した事実を総合し検討するに、本件では、(1)本件事故の態様に照らすと、原告が、千葉みよ子とともに、本件コンテナをローラーコンベアー3から同4に移動しようとして、向い合ってこれを持ち上げようとした時にバランスを崩しコンテナから両手をはなしたことにより、不自然な姿勢となり、腕、背部、腰部等の筋肉を急に引張るような外力が加わったことは考えられるものの、腰部への衝撃により、脊髄に損傷を与えるような特別な力が加わったものとたやすく推認することはできないこと、(2)原告は本件事故後も自ら歩いて職場に戻っていること、(3)原告と佐藤との間柄は、平素から円満ではなく、本件事故後の対応をみても、佐藤に対する強い反感が認められ、入院の動機に同人に対する抗議の意図もいくぶんあったものと推認されること、(c)原告は本件事故以前にも異常に多様な病気で頻繁に被告会社を休んでいること、(5)原告の脊髄の左右両側に存在する痛覚、触覚を支配する刺激伝導回路が損傷を受けていれば、原告の腰痛・左臀部痛、左下肢知覚鈍麻、しびれ感、左下肢筋力低下の発現は説明できるが、本件事故のような単発事故により左右両側に存在する痛覚、触覚を支配する刺激伝導回路が損傷を受けることは通常認められないこと、(6)原告の残存症状には心因的要素が加わっていると推認されること、以上の重要な諸事実が存在するものといわなければならず、これらに照らすと、本件事故と原告主張の傷害及び残存症状との相当因果関係は、これが存在しないとの疑いが生ずるのは当然である。<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和六一年二月二四日瀬峰労働基準監督署長から、本件事故を労働災害として障害等級五級を認定され、特別支給金二二五万円の支給決定を受けたことが認められるが、右決定は敍上原告の既往歴が明らかにされず、被告会社への十分な事実調査もなく、主として原告の申立によって本件事故を労働災害と認定したものと解さざるを得ず、右支給決定があることをもってして、原告の主張を維持するに足りる証拠とすることはできない。

他に、右疑いを払拭できる証拠は存在しないから、右相当因果関係は証明されたものということはできない。

七以上の次第で、原告の被告両名に対する請求はその余の事実を判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官片瀬敏寿 裁判長裁判官宮村素之は退官のため、裁判官青山智子は填補のため署名捺印することができない。裁判官片瀬敏寿)

別紙図面一、二<省略>

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